ラ・パロマ/LA PALOMA
1974年・スイス/フランス合作映画
監督・脚本:ダニエル・シュミット 撮影:レナート・ベルタ 音楽:ゴットフリード・ヒュンベルグ 出演:イングリット・カーフェン、ペーター・カーン、ビュル・オジェ、ペーター・シャテル
初めて観たのは今から10数年前。同じ頃『今宵かぎりは』も観る機会が有り、それ以来このイングリット・カーフェン(INGRID CAVEN)はお気に入りの女優様なのだ。そして、監督のダニエル・シュミットの魔法の様な映像にクラクラしファンになった。私の好きな題材が各所に散りばめられていて宝石の如く暗闇に輝く。カーフェンの特異な美貌はただ美人なだけでは無く耽美的、かつ退廃的なものが備わっている。この映画の中では特に目の演技が印象的だ。妖艶さも毒気も過剰では無い。でも時に冷淡な眼差しを向ける。痩身で美しい背中が広く開いたドレスを纏い歌うシーン。その歌は「上海」だ。黒と白、どちらもお似合い。その綺麗なシルエットでゆっくりと階段を下りるシーンなどウットリする。優雅で甘美という言葉が最もピッタリな女優様だと思っている。
この『ラ・パロマ』は少し『椿姫』を想起させるものがある。夫イジドール(ペーター・カーン)の一生涯の忠誠を誓った理解を越えた大きな愛。ラ・パロマ(イングリット・カーフェン)は夫の友人に恋をする。彼に一緒に連れていって!と願うがそれは出来ない事だった。その後、彼女は部屋に閉じ籠もりメイドのアンナとしか口をきかなくなる。そして、毒薬学の本を基に何やら調合して独自の美顔薬を作る事にだけ興味を示す様に。しかし、元々”あと2週間の命”と宣告されていた娼館の落ちぶれたスターだった彼女を、イジドールの大きな愛の力で回復したのだった。愛の忠誠を誓ったのに、信じていたのに叶えられなかった事で彼女は復讐的な計画を始める。それは死を持って。瀕死の床で真っ白なドレスに真っ黒な十字架を持つヴィオラ(ラ・パロマ)が最後の言葉、約束を誓わせるシーン。死後、3年後に遺体を納骨堂に移してほしいとの遺言。約束通り3年後にその棺を掘り出し蓋を開けた瞬間!このシーンがとても大好きだ。生きていた時と全く変わらない姿だったのだ(そんな美顔薬が欲しい)。しかし、その変わらぬ美しい妻の遺言を実行するにはその身体を切り裂かねばならない...これ程までに怖い、残酷な復讐があるだろうか。純粋に愛を貫いて来たイジドールはその約束を果たす為に泣きながら途中からは狂気に至ったのか?!高らかな笑い声を上げながら。その声に合わせてヴィオラの笑う声も。相反する笑い声だ。美によって復讐される瞬間。ホラーでは無い私の好きなゴシック感覚がこの辺りによく表れている。
後、忘れてはならない名場面というのは二人が結婚式の後アルプスの山上でデュエットするシーン。監督がオペラ好きだと言うこともあり、こういうセンスは抜群だと思う。数少ない二人が幸せな面持ちのシーンだ。虚構の愛はいずれは破綻する。また、虚構だからこそ描けるものもあるのでは?この映画を観ていると夢の世界が映像化(視覚化)されたのだ!と思ってしまう。最初の方に「空想の力」と活字が現れる。それはある啓示の様でもある。時折現れるその象徴の様な天女というか女神の様な存在(男性とも女性とも思える)は花のミューズの様だ。そう!この映画は室内は極めて暗く、その陰影は微睡む程美しい。そして薔薇などのお花の鮮やかな色彩が、貴族のお屋敷の家具や装飾品、衣装達と共にあまりにも綺麗に映えるのだ。やはり、シュミットは"映像の魔術師"である。そして、それらの美しいカメラワークの担当者であるレナート・ベルタ。彼の手腕はアラン・タネール、ジャン=リュック・ゴダール、ジャック・リヴェット、エリック・ロメール等の作品でも堪能出来る。私の最も好きな撮影才人でもある。そして、この「ラ・パロマ」はかのルキノ・ヴィスコンティも大賛辞を贈ったそうだ。これまた私には悦ばしい事である。
イングリット・カーフェンの歌も好き。カーフェンは嘗てダニエル・シュミットとライナー・ヴェルナー・ファスビンダーと共に劇団の様なものを設立した。そして、ファスビンダーと結婚(3年程のよう)。この二人の監督の作品に数本出演されている。しかし、どちらもなかなか安易に観る事が出来ない現状。タイプはかなり違うけれど、ファスビンダー作品というとハンナ・シグラも欠かせない。そして、もう一つ、この『ラ・パロマ』が好きな理由はイジドールの母親役に扮するビュル・オジェが出ている事。私の好きな女優様達は皆それぞれ誰とも比較出来ない魅力が有る人ばかり。
「美しく穀然と、時には仮面の様だった。」とイジドールがヴィオラの美を幸福そうに友人のラウルに語る。正しく、カーフェンの美はこの台詞通り。そして、「あなたにいつまでも思い出を。」とあの花の女神(フローラ)が告げ幕は下りる。耽美的でノスタルジックな余韻を残して。イマージュの連鎖の成せる技。なので決して陰鬱な後味では無い。逆にとても気分が良いのだ、私には。気怠く眠くなる方も居られるだろうがそこも魅力。それにしても、このラ・パロマ役はカーフェンで無ければこれ程までの艶やかさを映像に残すことは出来なかったと思う。監督のキャスティングも見事なものである。
*上記の綴りは2004年・7月に『BRIGITTE』内にて掲載したものです。
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